日本の「建築家」3人

原広司(1936.9.9 川崎市 - 2025.1.3)

「僕らはやっぱりコンピューターのような建築をつくらなきゃいけない。建築や都市計画、アーバンデザインというのはもう時代が終わったので、ITとか何かが都市というものを「私に任せてください」と言っているわけですね。中略 我々は謙虚にならなくちゃいけないけれども、人間の経験に関して全般的に思考することは、「建築家に任せてください」と言うべきである。」

原広司自邸

 

槇文彦(1928.9.6 東京都 - 2024.6.6)

「母語に相当するヴァナキュラーの建築、普遍語に相当する様式建築が長く一つの建築秩序を維持してきた。中略 20世紀に入って出現したモダニズムも当初は「何々モダニズムか」という使命感と思想をもっていた。中略 「なんでもあり」の時代に突入し、モダニズムが巨大なインフォメーションのプールと化すと共に、思想もスタイルも姿を消す。使命も時に一緒に。」

TEPIA

 

磯崎新(1931.7.23 大分市 - 2022.12.28)

「この10年程、芸術や建築についてはもはや誰も語らなくなった。それでも語る必要ができてくると、芸術をアート、建築をアーキテクチュアとカタカナに読み替えて語るようになった。中略 これまでの芸術や建築がもう何も意味していない、何の役にも立たない、という共通認識があった。中略 そこでは建築を論ずる手がかりが消えているという恐るべき状況が到来していたのだ。」

つくばセンタービル

 

 

坂本龍一 Commons Schola

commons HPより

「Scholaは、退屈な知識の詰まった教科書を捨て、例外的であるがゆえに普遍的であることを目指し、すべての人を見知らぬ音楽との出会いへと誘います。」

「Scholaは、学ぶことが楽しみであるような、しかし厳然たる基準をもった、みんなの学校でありたいと思います。」




仮面なしの坂本龍一

自宅の作業部屋で「音響彫刻」を叩く

浅田彰「「ビハインドザマスク」という題名の通り、精密な「音楽機械」としての坂本龍一は、どんな仮面でもかぶることができた。

しかし、「async」や「12」では、仮面をつけて舞台に立つのではなく、素顔で吹きっさらしの野外に立っている。

初めて素顔の音楽家、生身の音楽家として歩み始めたのだ。それは、CODA(終結部)ではなく新しい始まりなのだと思います。

「人生をひとつの芸術作品にする」というミシェル・フーコーの倫理=美学を坂本龍一がかくも見事に貫徹してみせたことに感嘆し、つねに新しいその音楽に繰り返し耳を傾けたいと思います。」

Lee Ufan のオリジナル原画 30cm x 40cm、クレヨン

坂本龍一「12」ジャケット

オリジナルに13度の角度をつけて制作されたという。

 

RS playing the piano

 

 

篠山紀信と磯崎新の「建築行脚」

磯崎「篠山さんの写真と僕との出会いは、ガウディを一緒に見てまわったのがそもそもの始まりでしたね。その時気がついたんだけど、これまで僕が理解していた建築写真と全く違う目を篠山さんは持っている。建築は生きているものだと思うし、その生きざま、存在感を、篠山さんは直感的に写し撮ることができる人だということが分ってきた。」

篠山「そう、あれがきっかけでしたね。だいたい僕は建築に関しては全く無知だったし、ほんとに初歩的なことから磯崎さんに教えてもらわないとわからなかった。ただ、その空間に浸っているうちに「あ、わかった」という瞬間があるのね。

このシリーズの建物は、大部分ができてから何百年、何千年と経っているものですが、その何千年の中にも、天気のいい日もあれば、雨の日も風の日もあったはずだ。僕が行った時に風が吹いていたら、風が吹いている中の建物と出会えたんだから、その出会いを大切にしようと。だから、これは建築写真というよりは、ドキュメンタリーに近いんじゃないか。」

磯崎「そこに、二人で行脚している意味があると思いますね。ある特定の時と場所を二人で感じたり語ったりしたことが、写真なり文章にはね返ってくる。そういったことがこの企画の基本にあるわけで、これまでの美術全集や建築写真集と、一番違う点になると思います。」

第10巻「幻視の理想都市」の取材体験について語る篠山と磯崎

左は監督官の館 正確に南面して全体の中心に配置されている 



GAの二川幸夫と磯崎新

磯崎の話を聞く二川

「先の戦争中、アメリカはミース、日本はコルビジェを受容して、近代建築はそれぞれの国で咀嚼されていた。ミースの考えはヒルベルザイマーのポストヒューマニズムなんかと一緒の括られて大衆社会の中で大量生産、大量消費されるもののコンセプトになっていた。

日本ではコルビジェは茶室とか様々な詳細な日本の伝統と混ざり合っていた。そして戦争が終わってアメリカが日本を占領した。実はアメリカの近代建築には美学の理論がなかったと思うんです。壁はただガラス張りの大面積、建物はただの大きい箱。

それで何が起きたかと言うと、、、」

 

 

アメリカ合衆国の国璽(こくじ)

表面はオオワシ。裏面は「プロヴィデンスの目」。

 

プロヴィデンスの意味は「神の摂理」というが、このアイコンは同時に「ユダヤ人の金による支配」をあからさまに象徴しているのだろう。合衆国政府がイスラエルを支援するのは宿痾の道理である。