象徴としての建築 2004.11.01

Lissitzky

これはモスクワに計画された事務所ビルです。「雲のあぶみ」というタイトルがつけられています。「あぶみ」とは馬に載せる馬具のことで、鞍の両側にたらして足をのせるのに使います。このインパクトのある建築をデザインしたのはロシアの美術家エル・リシツキーとオランダの建築家マルト・スタムです。社会主義を鼓舞する建築物をモスクワの中心部に計画することが意図されていました。1924年スイスで制作されました。
現在の目で見ると「雲のあぶみ」は1920年代、ロシア構成主義の代表作の一つとなっています。アバンギャルド運動の中で生まれたラディカルな作品ですね。「雲のあぶみ」には今見ても刺激的なアイディアを幾つか見いだすことができます。
そのまず1つは、水平方向に伸びるスカイスクレーパーというアイディアです。ニューヨークの摩天楼に対抗する意図がありました。スカイスクレーパーとは「雲をひっかくもの」という意味ですから、「雲のあぶみ」という言葉に超高層ビルを意識したことが伺えます。水平方向には社会主義社会の土地問題に関する提案が含まれています。そもそも土地問題は資本主義社会の弊害であり、国家が社会主義体制であれば土地問題は存在しない。ここで土地問題とは都心部に人口が集中しはじめたことによって土地不足が深刻化したことをさしています。ニューヨークでは土地不足を解決するため、建物の床を縦に積み上げている。しかし土地問題が存在しない我が国では床を縦に積む必要などない。こうした発想に基づいて水平のスカイスクレーパー「雲のあぶみ」が提案されたのです。土地を個人所有することのない国家ならではのアイディアですね。
それから2つめは建物の形態に関するアイディアです。この写真をよく見て下さい。2本の巨大支柱が建物本体を支えていますが、その位置が同じではありません。手前の棟は支柱が右より、奥の棟は左よりです。これはいわゆる動的シンメトリーです。対称であるはずのペアの建物にずれがあることによって全体のかたちがもつイメージに動きが生まれるのです。そして、この建物がモスクワの幹線道路の交差点に計画されているのがポイントです。つまりこれは都市のゲートとしての機能も担っているのですね。
このように「雲のあぶみ」は伝統を否定するアバンギャルド運動にふさわしいものでした。