31/75 雲のあぶみ

ken1062007-02-08

ロシアの美術家エル・リシツキーとオランダの建築家マルト・スタムがデザインした「雲のあぶみ」です。モスクワの中心部に計画された事務所ビルですね。1924年にスイスで制作されました。「あぶみ」とは鞍(くら)の両側にたらして足をのせる馬具のことです。
「雲のあぶみ」は1920年代のロシア構成主義を代表する作品です。アバンギャルド運動の中で生まれたラディカルな面をここに幾つか見ることができます。
そのまず1つは「水平方向に伸びる高層ビル」というアイディアです。ニューヨークで次々につくられていた超高層ビルが垂直方向に伸びる摩天楼なら、モスクワでつくられる高層ビルは水平方向に伸びるべきだ、という訳ですね。スカイスクレーパーとは「雲をひっかくもの」という意味ですから「雲のあぶみ」という言葉に摩天楼を意識したことが伺えます。
高層ビルが必要とされた背景の一つに、土地不足の問題がありました。そのため、建物は床を垂直に積み上げて高層化せざるを得ないというのが一般的な解釈です。ところが、リシツキーとスタムは「雲のあぶみ」でこれに否を唱えたんですね。
そもそも土地問題は資本主義社会の弊害であり、国家が社会主義体制であれば土地を個人所有することはない。ニューヨークでは土地不足を解決するため、建物の床を垂直に積み上げているが、我がソビエトでは土地問題は存在せず、水平のスカイスクレーパーが可能なのだ。そこで提案されたのが「雲のあぶみ」でした。
さて、次に2つめのラディカルな面を見てみましょう。2つめは建物の形態に関するアイディアです。写真を見ると、2本の巨大支柱が建物本体を支えていますが、その位置が同じではありません。手前は支柱が右より、奥は左よりです。このように、あえて支柱の位置をずらすことで全体のイメージに動きが生まれるのですね。動的シンメトリーといっていいかも知れません。
「雲のあぶみ」が計画されたのはモスクワの幹線道路が交差する交通の要所です。さらに都市のゲートとして象徴性も持たせる意図があったようです。動的シンメトリーはこれらの要求に見合うアイディアでした。