ジャン・プルーヴェ 1901-1984

prouve

ジャン・プルーヴェ
Jean Prouve
(1901-1984)

ジャン・プルーヴェはフランスの建築家です。軽金属を用いて建物をプレファブでつくることを追求しました。彼自身も金属細工の熟練職人であり、同時にコルビュジェレンゾ・ピアノを友人にもつ第一線のエンジニアでもありました。

プルーヴェが手がけたものは日用品から建物まで幅広く、手仕事による細部への配慮と工場生産によるプレファブ化を同時に満足することを目指していた点が特徴です。材料と構法に対して徹底した探求を行い、見事な成果をあげています。

プルーヴェはフランス、ナンシーに生まれました。父親はアール・ヌーボー金属工芸作家、母親は音楽家です。父は地元では有名な人物でした。エミール・ガレが名付け親だったようです。10代は金属職人の修行をしています。20代前半で自分の工房を持ちました。父親の紹介で多くの仕事をこなすうち、フランスの前衛芸術家と交流するようになります。

30代のころからコルビュジェやシャルロット・ペリアンらと仕事をするようになります。このころ金属とガラスによるカーテン・ウォールを開発し実用化に成功しました。第二次大戦の時は、得意のプレファブ技術を使って陸軍用の小屋や住民の避難所などを多数建設しています。また43歳のときナンシー市長を務めました。

戦後は自分の工場や建設会社、デザイン事務所などを設立し、活発な活動を展開しました。70歳のときポンピドーセンターの設計競技を主導し、ピアノとロジャースの斬新な案の実現に尽力しています。82歳のとき故郷のナンシーで亡くなりました。