ジョン・ナッシュ

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ジョン・ナッシュ 
John Nash (1752-1835)

ジョン・ナッシュは英国の建築家・都市計画家です。王室の庇護を受け、ロンドン中心部のビックプロジェクトを動かした大物です。

ナッシュは世辞に敏感な実業家としての才があり、王の知恵袋となって王室の御用聞きができました。ナッシュの人物像は世の裏側を知る老練な怪物です。「サー Sir」の称号は授与されていません。

ナッシュはロンドンで生まれました。父親は機械修理の職人です。実務を通して建築を学んだ苦労人です。ウェールズに居たこともあったようです。

建築家ナッシュの名が知られるようになるのは、造園家ハンフリー・レプトンと組んでからです。ナッシュのデザインは珍奇な印象を与える特異なもので、歴史的には「ピクチュアレスク」に分類されています。悪く言えばナッシュの建築は庭の添え物であり、外観の見栄えが売りだったのです。

しかし、ナッシュのデザインは皇太子リージェントの目に止まり、その知己を得て、王室の仕事を手に入れることができるようになりました。現在、ロンドンで「リージェント」がつくものは、たいていナッシュが関係しています。

ほどなく皇太子リージェントは国王ジョージ四世となり、ナッシュの未来は大きく開けます。ジョージ四世は享楽児で、普請道楽を好む王でした。ナッシュは国王の後ろ盾を得て、ロンドンの都市開発や離宮の設計など大きな仕事をこなしていきます。

リージェント大通り、リージェント公園。またその周辺の集合住宅や教会。そして避暑地ブライトンの離宮。こうしたビックプロジェクトがナッシュの主要作品となりました。

ナッシュの建築は「ピクチュアレスク」です。外見重視。レンガを積んで表面をスタッコで仕上げる安普請が主流でした。それと言うのも、ナッシュの建築は庭園や都市の中で添景の役割を担うことが多かったのです。プロジェクトのスケールが大きかった訳です。そして、ナッシュにはインパクトのある意匠を大胆に採用できる度胸がありました。

ブライトンの離宮はインドとイスラムを合わせたような異国情緒ある外観です。当時、英国が支配した地域の風物を思わせる建築物を自国に造ることが王室のステイタスだったのです。ナッシュは王の希望に大胆に応えました。