59/75 江戸をつくる

ken1062007-03-26

これは江戸が開発される前後を比較したものです。左側が幕府が置かれる前、右側が徳川氏が入国してから約40年たった1630年頃の様子です。江戸の開発は地形を変えるほどの大事業でした。
最初の大工事は日比谷入江を埋め立てることでした。湾から大きく内陸に食い込んでいるのが日比谷入江です。埋め立ての結果、広大な土地が江戸の中心部に確保されました。
それから、江戸の大きな特徴である、堀と水路を整備する事業が進められました。堀は「外堀」と「内堀」からなり、城の本丸を中心として反時計まわりに渦巻き状に築かれました。この渦巻き状の大掛かりな「堀り」が江戸の骨格となり、「水のみやこ」江戸として発展する礎となったのですね。
それから、江戸を起点とした新しい街道をつくったことが挙げられます。全国各地と江戸を結ぶ4本の幹線道路が整備されました。
一方、風水を使った「精神的な」配慮もなされました。天海という僧侶が家康に計画上の「精神的な」アドバイスを色々したことは有名ですね。まちの鬼門を押さえる寺として、上野に寛永寺を建立すること。家康が死んだら日光に祀って神とし、江戸の守護神とすること。これらはちゃんと実行されて、江戸でくらす人々の精神的な支えとなったようです。