自然と大自然 2004.12.05

Boulee Newton

フランスの建築家ブレの「ニュートン記念廟」1784年です。科学者ニュートンを讃える記念館ですね。ここでブレは「崇高」という概念を持ち出しています。ニュートンを森羅万象の真理を発見した神のような存在として位置づけ、神の居る小宇宙を巨大球体で表現しました。その直径は130m、内部は巨大なプラネタリュ−ムが計画されています。そのアイディアは原始的です。暗闇の内部に、球面に穿たれた無数の小さな孔から太陽光が差し込み星を表現するというものですね。ブレの設計主旨には、ニュートンの「崇高な精神」を讃えるために巨大球体を計画したとあります。この建築がもつオーバースケール感は「崇高」という概念が背後にあると考えていいようです。
ところで「崇高」については、エドムント・バークの「崇高と美の観念の起源」1757年でくわしく論じられています。バークは18世紀英国の政治家ですが、この著書を書いた時はまだ若年で政界に出る前でした。ここでバークは「崇高」さを生むものに、恐怖、曖昧さ、力能、欠如、広大さ、無限、継起と斉一性(同じモチーフの限り無い繰り返し)などを挙げています。さらに、建物が「崇高」さを感じさせるためには容量の大きいことが不可欠だとしています。バークの記述は詳細を極め、人間が美しいと感じるものを基準にして、この感覚との対比によって「崇高」の概念を様々な角度から抽出しています。大変興味深い著書ですね。
ニュートン記念廟」の計画案が発表されたのは18世紀末、フランスは革命の時代でした。つまり社会制度の大転換が起きていた激動の時代です。建築の世界でも従来の美意識に対する挑戦があったはずです。均整のとれたプロポーションや秩序と調和の感覚は古典建築の絶対的な基準でした。しかしブレはこの計画案でこの基準を逸脱したのです。建築形態を原型に還元したり抽象化したことが今日の視点から評価できる点ですね。これは近代建築が成立し、その特徴が明らかになった後見いだされた視点だと考えられます。巨大球体のオーバースケール感は18世紀末特有のものだったようです。有限な人間が無限の大自然を表現しようとする無謀な企てでした。